マールツァイトストーリー第10

私が子供の頃、長野県の田舎で育ったせいか、雑貨屋とか菓子屋の店頭に並んでいたパンは袋に入ったパンばかりでした。高校に入った私はテニス部に入り放課後はテニスばかりの
生活でしたが、家路につく夕方になると、とてもお腹が空いていて、よくパン屋に立ち寄ったものでした。でも、その町にはたった一軒しかパン屋はなく、揚げパンのみ売っている店でした。柔らかい生地の中にクリームが入っていたり、ジャムが入っていたり、一個頬張ると何ともおいしくて幸せな気分になりました。私はクリームが入ったパンが大好きでお金が足りない時は部屋の隅々までお金が落ちていないか探した思い出があります。今思い起こすとその時のパンがパン好きになった原点かもしれません。

やがて、上京し、大手の製パン会社で働き、その後、会社勤めもしましたが50歳近くにも
なった時、再び、自分のパンを作りたいという思いが、強く私の心を駆り立て、よりおいしく、さらに健康に良いパンをと研究と実践を重ねました。テレビ東京から、「天然酵母パンの達人」という、たいそうな題名で出演を依頼され、後にひけなくなった時から、覚悟してパンの材料の研究も並行して、自分の作ったミルク酵母で、本場ドイツに負けない味のパンを作ろうとライ麦カンパーニュを約
3年間作りつづけました。そしてやっと、ミルク酵母を教えていただいた故小寺ときさんから、これこそ、ドイツのライ麦カンパーニュだとお墨付きをいただき、今の小さいパン屋を、でも私のパン屋を開店したのでした。開店後はいろいろと雑誌、TVで、取材も多く、食の専門家の方々にも大変好評をいただきその中には親しいお友達のように長い間、お付き合いをさせていただいている方も多くおられます。いろいろなチーズのイベントやパーティーなどでもよく私のパンを使ってくださいました。エルメスが銀座に出店するお披露目パーティーでもライ麦カンパーニュ、ノアレザンなど、華やかなテーブルの添えられました。マールツァイトのライ麦カンパーニュはもとをたどればドイツの食文化の一部なので、必然的にそれに合う、チーズの研究もすることとなり、チーズプロフェッショナルから、シュバリエを叙任され、さらにオフィシエとなって、良質のチーズの普及にも携わることとなりました。思い起こすと、小寺ときさんとの出会いから、、ミルク酵母をいただき、東毛酪農の皆様との絆が出来たからこそ、ミルク酵母の自家製自家培養に成功し、同時に無農薬野菜を学べ、チーズのフェルミエさんを通してはチーズの奥行を学び、パーティーの場では、料理やワインとのマリアージュを学び、良い食事を通してそれぞれの専門家たちの皆様と交流をさせていただき、おいしい食事が、知識も楽しさも運んでくれるのを知ったことがなんと私の人生と家族に幸せをもたらしてくれた事を、ありがたく思っています。今後も東毛酪農の低温殺菌牛乳を普及させる一方、パンとチーズをつかった料理なども、提供しながら、
楽しさをを分かち合いたいとと思っています。


マールツァイトストーリー 第1回(再掲載)

「ミルク酵母って何ですか?」(マールツァイトストーリー第1回)

各種メディア、TV,新聞、出版物にもとりあげられましたが、多くの人々に支えられて当店は20周年となりました。今少し、振り返り、改めてなぜマールツァイトはミルク酵母パンを頑固に焼くのか。今回は圧倒的に質問の多いミルク酵母って何ですか?のお話です。

当店は自家製自家培養のミルク酵母をつかい、全部のパンを作ります。でもミルク酵母って普通の酵母パンの本にも作り方は載っていませんよね。そう、一般的には作るのが非常に難しいのです。普通は果実に自生した酵母を培養してつくるもの、レーズン酵母は糖分が多いので高い発酵力が得られ種起こしが簡単です。酒種は麹を培養します。酒の匂いが強く残ります。他にホワイトサワー種、ライ麦のサワー種とあるいは粉末やペーストで売られている即席の種もあります。実際当店では販売はほとんどしていませんが、ベルギービールから、酵母を作ったり、あるいはじゃが芋やりんごからも酵母を作り、発酵種をつくります。

そういう自然酵母と同様にミルク酵母はミルクから作ります。決して、何かの酵母にミルクを加えてというような怪しげなものではありません。だから人によってはミルクのほのかな香りがするんですか?と聞かれますが、もちろん、そんな事はありません。もしミルクの香りがするなら、偽物です。

ただそのミルクが問題で、厳しい条件があります。一つはホモジナイズドしていない牛乳。ホモジナイズとは牛乳の中の脂肪球が均一化している牛乳です。クリームラインの事、ご存じでしょうか。本当の牛乳というのは瓶に詰められたとき、上部に白いクリームの層が浮かび、クリーム状になる牛乳です。もう一つは雑菌が少ないことです。牛乳の中には有用菌と雑菌が混じり、ただ低温殺菌乳だとできるものではありません。そういう牛乳から乳脂肪を除いて残った液体、乳清といいますが、それに粉を混ぜて酵母菌を培養するものです。そういう純粋な牛乳を提供して下さる酪農家がいるのでしょうか。スーパーに並べて売らせている大手メーカーは脂肪膜を破壊してしまい、タンパク質も焼いてしまう、2分120秒で全ての菌を滅してしまう高温殺菌乳ですから論外ですが、実は大変良い牛乳をつくる酪農家もあり、私どもでは品質の良さでは日本で最高レベル、東毛酪農の特別牛乳を使っています。ここでは63℃30分で雑菌のみを滅し、体に良い有用菌をのこす、低温殺菌乳を作っているのです。


マールツァイトストーリー第
9

こうしてできたミルク酵母ですが、大変わがままな酵母です。かつてナチュラルハーモニーさんに頼まれて特別に良い水でライ麦カンパーニュを作って下さいと言われました。コスト的にも値段の高い水でしたが、おいしくなるどころか、作るごとにパンがやせ細り、ついにはほとんど膨らまなくなり、やむを得ず納品をお断わりしました。理由はPH度が主原因で、ミルク酵母が細菌のほぼない完全な水を嫌ったのです。アルプスの天然水に戻したら、途端に元気になりました。蓋をあけ、酵母がプチプチとはじけ音を出し、良い香りを放っている時はああ、機嫌が良いなとあいさつをします。おはようというと酵母がうれしそうにします。店の中の空気はミルク酵母の菌だらけ。元気です。でも突然不機嫌になり、べちゃっと疲れたような状態の時があり、そんな時は気象も関係するようですが、うまく隅々までふくらみません。私達の健康がすぐれない時、やはり元気がありません。時には化粧の強い人が入って来たりすると病気にでもなったように元気がなくなります。化学薬品を嫌うのです。

このように扱いに苦労する酵母で、管理を怠るとすぐ状態が悪くなります。しかしパワーを内に秘めている酵母でふつうのようにふわーっと膨らんでいきませんが、なかなか膨らまず、どうかなと思ってみていると後半ぐんぐんいろいろな方向に爆発するように勢いよく盛り上がってきます。ですから、ミルク酵母パンは型に入れない方が良く、大きく丸めるのがその特徴を一番魅せるのです。ライ麦カンパーニュほか大きいパンが特にミルク酵母の特長を出しているといえるでしょう。ミルク酵母がいかに気まぐれで人も材料も選ぶのかお分かりになったでしょうか。


(マールツァイトストーリー第
8回)

技術やレシピがあっても満足のいくミルク酵母パンをつくることは難しいのです。ごく稀に「酵母パンは普段作っているから、ミルク酵母を分けてくれないか」とか「どうやって作るのですか」と聞こうとする方がありますが、少し教えたからできるとか、レシピがあればできるというような話ではないので、ご存じないから、無理もないかもしれないが、全く理解のない方と思うのです。

ある時お客様が「僕もミルク酵母つくったことあるよ」とおっしゃいました。驚いてよくお話するとどうやら牧場をしている人で、それならなるほどと思いました。彼がいうには「でもとてもこう美味しくはできないな。できることはできてもどうしても雑味が出ておいしくないんだ」と。ああ、本当に作ったのだと思いました。ミルク酵母は良いミルクの環境さえ整えば、面倒くさいけれど絶対できないとかそういう類ではありません。ただ、いつも元気な酵母を保ち、深く美味しい味をだせるかが難しいのです。

当店はミルク酵母しか作らないのかというと、そうではありません。小さい店でパン教室をやっている時はぶどう酵母やじゃがいも酵母です。ビール酵母もつくります。これらは作るのも扱いも簡単なので教えることが可能な酵母です。どれもよい味をしています。ミルク酵母とどっちがおいしいかって聞かれたら、どちらもおいしいと答えましょう。でもこれらの自然酵母は基本的に店では売りません。売るのは全部ミルク酵母パンです。日本において唯一のミルク酵母パン店ですから。
万一当店にミルク酵母を作れるような良いパス乳が手にはいらなくなったら、ミルク酵母の看板をおろさなくてはいけませんね。

「リンゴの話」 マールツァイトストーリー第7

マールツァイトのアップルパイはりんご本来の味を余すことなく出しており、シナモン他余分なものは何もいれず、やたら甘いわけでもなく、お客様に最も好評のパイです。他のアップルパイとは自然の甘味が爽やかでとても美味しく、かなり違うといわれます。マールツァイトができて、数年後、オーガニックの仲間との交流の中から、数回木村秋則さんにお目にかかりました。印象はほんとに優しいにこにこした田舎のおじいさん。無い前歯を見せてにっこり笑う顔が素敵な温かみを伝えてくれる人でした。彼の作った無農薬のリンゴジュースを当店で売ってもいました。自分でも飲んでみて、りんごジュースでこんなにも美味しい果汁があるものだと天と太陽の贈り物に幸せすら感じました。

彼からその後本が出版されたからと送られてまもなく、さらに、「奇跡のりんご」という本も出版され、映画化され、一躍、時の人となり、今は有名人となりましたが、「奇跡のりんご」を読むといかに彼が実る見込みもないリンゴ園を村八分にされそうな思いで、無農薬のリンゴを作るために信念を貫き、苦労したか、そして10年間実りを待ち続けたかが、よくわかる。ついでになぜ前歯を折って失くした事も。でもなぜ、「奇跡」なのですか。りんごとは本来ヨーロッパにあるような小ぶりの固く甘くもない料理用につかうもので、改良し、大型で甘い今のリンゴを作るには10数回以上農薬をまかなければ作れない人の世話なしには成長できない、箱入り娘ならぬ箱入りリンゴで、もし、無農薬などにすればとても育たぬ代物であり、もはや自然の果実ではないからです。彼の農園は虫の楽園となり、土壌は本来の生命力を取り戻し、その土の上に生き返ったりんごが太陽の光を浴びて、甘く実った。その軌跡を世界で初めて成し遂げから奇跡なのです。今では彼のリンゴジュースを購入できるチャンスはほぼない。

マールツァイトのりんごは長野県の果樹園で作られる有機栽培のりんごを使っています。彼のりんごもとびきりの甘さでまるで街中で売られているものとは味が違う。ただし、りんごの時期が済むと、当店のアップルパイも販売終了となる。あと2か月ほどで今季はもう作らない。
ところで、今年2018年、22日、3日の両日はマールツァイトでは「焼きりんご」をつくる。これは1年に一度のイベントで、大人気ですぐに売り切れてしまう。なぜ、1回だけかというと20113.11に遡る。東北の大津波に三陸の町々は壊滅状態になったが、陸前高田市の高台にあったリンゴ園の一部はからくも難をのがれた。そして、例年通り、赤い小さい実がついた。どんな悲しみの中には希望があるという。このリンゴを売り、一部は被災地に還元するリンゴの日を作ろうではないかという池田浩明さんの話があり、当店ではそれでは焼きりんごを作ろうということで出来たものなのです。もうリンゴの日がありませんが、おいしいから待ってるねと言ってくれるお客様がいるので、1年に一回だけ、焼きりんごを作っています。



マールツァイトストーリー第
6回 「ガレット..ロワ」を作る

ガレット..ロワは発祥の地がフランスですが、これは新年を祝うためには欠かせないお菓子となります。日本ではそれほど一般的ではないですね。このお菓子は16世紀にフランスの教会で作られたもので、16日の公現祭の日を記念して作られたものです。この日はエピファニーといい、東方より3人の王様(賢人とか博士とかいろいろ言われますが)がベツレヘムまで、駱駝に乗って、贈り物を運んで、赤ちゃんのキリストの誕生を祝ったとされています。このお菓子にはフェーブという(フランス語でそら豆)ものを入れるようになり、これはある教会の地位の高い人が後継者を決める時、パンに金貨をいれ、くじ引きをしたという事が一般に広まり、フェーブをいれるようになったのではないかということです。フェーブは現代では陶製のミニチュア人形がよく使われますが、これはパリのお菓子屋さんがマイセンに注文して作らせたのが最初のようですが、その起源から別に陶製でなくてもいいわけでミニチュアのキャラクター、お店のロゴ、フルーツ、動物、いろいろあるわけでコレクターも多いのです。そもそもなぜ入れるかというのはローマ時代のサトゥルヌスの祭りにさかのぼります。サトゥルヌスはギリシャ神話では農耕の神様で、英語ではサターン(土星)、有名なゴヤの絵に「我が子を喰らうサトゥルヌス」といういわゆるKい絵のシリーズの中の恐ろしい絵で描かれていますね。この豊作を願うサトゥルヌスの祭りではくじ引きに当たると身分の低いものでもご主人に給仕などさせられる風習があったそうです。それで、この慣例にのっとって、ガレット・デ・ロワを切り分けてフェーブに当たった人は王冠をかぶり、その日は王様や女王様になれるわけです。ガレット..ロワを囲んで家族や友達で、誰がフェーブに当たるかで大いにもりあがります。

マールツァイトでは日本の「ガレット.デ.ロワ」クラブの会員になっており、よく新年には会員にフランス大使館から、お招きいただきます。その日は日本中の有名なパティシエが集まり、腕によりをかけて美味しい、そう、究極においしいガレット.デ.ロワを全員に試食に提供します。コンテスト形式で味、形の美を競います。伝統的な表面の文様、これも何種類かあるのですが、きめ細やかで美しく、すごくおいしく、試食もたくさんあるのでたっぷり堪能できます。このような芸術品の域のガレット.デ.ロワをマールツァイトではつくる事は難しいですが、それでも相当に贅沢なおいしい菓子として、ヨーロッパの伝統に従い、1月中は販売しているのです。

「マールツァイトの名前を選んだわけ」
マールツァイトストーリー第5回

マールツァイトのキャッチコピー「ヨーロッパの最高級のパンを懐かしく思いだす味」とおおげさな表現とも思える人もいるかとおもいますが、私にとってはそういうパンをつくる決意で自信をもって作ったパンですよ。という事を伝えるだけの素直な普通の意味であり、キャッチコピーを強く意識した広告文句ではないのです。2000117日マールツァイトはオープンしました。初めは店名をクランツにしようとしましたが、同類の名もあり、いつかドイツで見た美しいリンダウの街の名を考えていました。でもオープン記念に、小寺さんが、マールツァイトと名をつけてくれました。

意味を聞けば、いただきます。ごちそうさま。などと食事時の挨拶ということ。覚えにくいなとおもいましたが、今ではこの名で知られるようになりました。この名前で良かったと思います。

やっと店を持ったわけですが、ライ麦カンパーニュが完成してからすぐではありませんでした。味には自信がありましたが、結局は消費者に好かれるパンかどうか、実際に有名なお店に置いて、買ってもらい、どういう評価をもらえるものかと思っていたところ、港区、愛宕山にある高級チーズを売る有名な「フェルミエ」でチーズにあうパンを探している小さい記事を目にしました。フェルミエさんのお客さまなら、当然、ヨーロッパ各地に行ってるだろうし、贅沢なヨーロッパの食に親しみ、舌がこえているに違いない。そう思って突然、店を訪れ、ぜひ店で売ってほしいと頼みに行きました。今から思うと一介の主婦が自分で焼いたパンをもって売り込みに行くなど無謀な事と思いますが、その当時は必死だったのです。当時の店長さんはフランス料理家としても知られて彼女の著作になる本もたくさん出版されていた斎藤節子さんでしたが、ちゃんと応対され、大変おいしいと気にいってくれました。カウンターに置かれた私のパンの隣には時にはフランスの有名な店、「ポワラーヌ」の空輸された大きいパンが約五千円程度で売られていることもありました。でもお客さまの中には私のパンも同様に好んで買っていく人もいました。店をもつまで3年間、そこで実力をつけ、小さいけれど、自信をもってパン店を開いたのです。

「クリスマスにはシュトーレンを」マールツァイトストーリー第
4

クリスマスが近くなるとマリア様が恋しくなり、イエスキリストが特別な存在となる。どのマリア様も慈愛に満ちて清楚なそして意思が強い美しさがあるが、私はMurilloのマリア様の絵が好きです。もう12月です。今頃ドイツでは各街の通りをクリスマスデコレーションを売っている店が埋め尽くし、夜でもライトに輝いてきれいだろうな。寒いからホットワインをのんで歩きたいな。

マールツァイトがオープンしてまもなくドイツ人のMr.M(名前省略)が時々店にパンを買いに来ていた。まだ日本に来たばかりで仕事が見つからないので、彼からドイツ語を習うことにした。店の仕事で時間の折り合いが取れず、私達達の頭の悪さもあって、結局さほど続かなかったが、彼の故郷ニュルンベルクのお母さんがお世話になっているからとシュトーレンを送ってきた。とても甘く、香料も日本のとは違っており、味も複雑で、やはり本場ものは違うと感じた。ニュルンベルクといえばドイツでも有数の伝統的な街だ。

マールツァイトでもそのシュトーレンを参考に作ったが、ただ、私達の店には、「香料ほか添加物や不必要なものは使わない」という大原則があるため、香料は使わず、粉糖も一般のいつまでも白い溶けない粉糖ではなく、体のためにより良い溶ける粉糖をつかう。だから、甘すぎず、パンの味わいを十分に残すシュトレーンとなる。

私達が作り出したころはあまりこの発酵菓子を知る人は多くなく、それほど売れなかった。

でも2.3年するとどこのパンやでも見かけることになり、あれよあれよという間に皆の知るものとなった。買ってみると、あれ、これシュトレーンじゃなくて、ただのフルーツケーキかしらと思えるものが多く感じられた。でも、もともとドイツでは、地方伝統のやり方で、地元の特産の果実、ナッツ類、リキュールを使って各家庭でつくるもので、どれが本物なんて決められない。私達のはドイツを意識はしていてもマールツァイト風シュトレーンというわけか。どうぞクリスマスを待ちわびながら、マールツァイトのシュトレーンが他の店のとどう違うか味わってみてください。

一年以上前のこと、ある教会の牧師さんから連絡が入った。旧約聖書にでてくるキリストのパンを作ってくださいと。どうやら話をきくと粉を捏ねただけの膨らんでいない無発酵のパンらしい。暑いシリアの地を逃げ延びて持ち歩く途中で、熱で発酵していったに違いない。数千年前のパンを忠実に再現できるはずもないが、話を聞いて作ってみた。後日、ありがとうとの言葉をいただいた。

ああ、例のドイツ人、Mr. M はその後大学の講師になったそうだ。その後はうわさを聞かないが。


(マールツァイトストーリー第3回)

UHT牛乳とはUltra High Temperatureの略で、パス乳とはPasteurized Milkでフランスの細菌学者「ルイ・パスツール」がワインの風味を損なわずに有害菌を除去するために考案した殺菌方法をパスチャリゼーションとよんでいます。小寺さんはパス乳の健康に寄与する重要性を国に対してずっと訴え、ついに政府の人々もその意識を徐々にですが、変えていきました。

良い牛乳を消費者に届けたいと願っていた東毛酪農は1987年、ついに無殺菌牛乳に踏み切りました。小寺さんの努力がごくわずかですが、見える形で報われつつありました。彼女自身は自分の無農薬野菜をつくり、新宿にミルクランドを経営していました。私はパンや農薬の害を教わりに行くときはいつもミルクランドのレストランで玄米定食です。ふつうのご飯は出さない店です。寒い冬の日、ミルクを注文した時、冷たいのですか、温かいのですか、と尋ねられたので、温かいのが良いというと出てきたのはすごくぬるいミルクでがっかりでしたが、63℃を超えると牛乳の成分が壊れるのでその程度が限度の温め方だといわれました。

ノンホモパス乳がアレルギ−性湿疹が非常に出にくいことはアメリカの医学博士バーナとハイナーが研究発表しています。
同時に小寺さんは長いドイツ生活の体験から、日本人に本格的なパンを食べさせたいと願っていました。それまで、私はといえば、日本ホームベーキングスクールでパンを学び、教室指導の資格を得て豊島区主催のパン教室でパン作りを教えたりしていましたが、これで本当においしい自分の求めるパンなのか疑問をもっていました。小麦も外国から、ポストハーベスト農薬をかけられ、日本に届く事、イーストその物も強烈な発酵力をもつ人工的な酵母であること等を、オーガニックの食材を研究すればするほど、体によくはないと思い、毎日食べるパンは味だけではなく、健康に安全であるべきだと思いました。それで、近隣によく好まれ、注文をうけて作っていた甘いモンキーブレッドなどのパンをつくるのをやめました。
その時、小寺さんは私にドイツから持ち帰ったミルク酵母を渡し、これで理想のドイツのライ麦カンパーニュを作ってみるようにと言われました。
イーストでは簡単なパンつくりのはずが、出来上がったライ麦カンパーニュを何回届けてみてもらっても良いとは言ってくれず、結局1年以上作り続けてもうこれ以上は改良の余地がないから、あきらめようかと思って届けたある日、「これでいいのよ」と満足気にいってくれました。その時のうれしさはもうだめかと思ったほどですから、とてもうれしかったものです。他にも数人のパン職人たちが彼女がわけた酵母を使ってパン作りに挑戦したのですが、途中でやめたり、結局、私だけが作ることができたのです。
2000年刊行の講談社社の「パン基本大図鑑」にマールツァイトがミルク酵母をつくる店として、レシピ入りで4ページ分掲載されました。

従ってこのライ麦カンパーニュには小寺さんの厳しい指導と熱いミルク酵母パンへの思い、そして私の試行錯誤しながらの苦労や努力が詰まっているのです。


「本当の牛乳を求めて」マールツァイトストーリー第
2

19996月、私達は北から南へドイツの平原を走っていた。たくさんのどかな牧場や青々とした草をおいしそうに食む幸せそうな牛、教会やきれいな街が広がっていた。私達はリーダーの小寺ときさんに連れられてミルク視察旅行でドイツ、スイスを回っていた。その時の旅行はドイツのDIE TAGESZEITUNGという新聞に「日本の主婦達がミルク研究のためにドイツ1200キロをめぐる旅に訪れる」という見出しでかなり大きく掲載された。小寺ときさんとはドイツに長い間、生活した人で多くの人がドイツについてこの人の助言や情報を求めた人でしたが、帰国してからはパス牛乳(これについては次回ふれます)を日本に広め、日本人に本当の健康的な牛乳を飲んでもらいたいと、当時の厚生省はじめ役所相手にずっと闘ってきた女性です。私は新宿にあるミルクランドで小寺さんの食にたいする考え方に衝撃的な共感を覚え多くを学びました。そのころ、日本では超高温殺菌によるUHT牛乳が95%以上市場を占めていた。しかし当たり前のように生乳を飲む酪農の先進国ヨーロッパではUHT牛乳は保存のためであって人間が通常飲むものではなかった。東毛酪農の本にこんな話も載っている。ある日絶対にUHT牛乳を飲まないと言っていたドイツ人がたくさんその牛乳を買っていた。なぜ?と聞くとその人は笑って「家には3匹の猫がいてその子たちのためにまとめて買うんです」と。もちろんUHT牛乳は牧場の数も豊かな土地も少ない日本では、流通の面からも保存の面からも避けられない事情もある。しかしこれらは120℃の熱処理で良い菌も悪い菌も全て死滅させる。ついでに大切なタンパク質も熱変性させる。つまり日本において牛乳の味とは熱で焦げた牛乳の味なのです。ですから、本当の牛乳を知らないお客さまが当店の牛乳を飲むと「薄い、さっぱり、でもさらっとおいしいわ」となる。ごくまれではあるが一部の人はこの熱変性した蛋白源に特に敏感でアトピーなどのアレルギーをひきおこす。一度そうなると牛乳はもうのめない。牛乳は栄養もバランスよくとれ、いわゆる完全食で赤ちゃんやこどものころからその成長に栄養を補う大切な食べ物です。家族のより良い健康を願うなら、もし可能ならばなるべく牛乳も青々とした自然の草を食べ、十分に運動した健康な牛さんのミルクを飲むのにこしたことはない。(3回に続く)



「ミルク酵母って何ですか?」(マールツァイトストーリー第
1回)

この回の掲載期間終了